日本人はなぜ発音変化が苦手なのか【ハナ韓教材プロジェクトvol.1】

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日本人が韓国語の発音変化に苦戦する構造を解説した、シンプルで知的な図解
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韓国語の話す・聞くが得意な人からよく聞く言葉
「発音変化なんて覚えなくていいよ。感覚でわかるようになるよ」

韓国語の独学者からよく聞く言葉
「韓国語の発音変化が一生苦手です」

このずれって何???
感覚で覚えた派の私が、感覚で覚えられなかった派のために、韓国人の大学教授とタッグを組んで発音変化の教材を作ることにした。このページはその記録です。

こんにちは、Hana(@hanakan_twt です。
恩師(韓国人、大学教授)と韓国語の教材を作っております。

フォロワーさんや恩師の生徒からのリクエストを受けて、「発音変化」の教材を作ることになった。

その過程を記録としてまとめていく。

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そもそも「発音変化」とは何ぞや

まず「発音変化とは何か」ということをちゃんと理解する必要がある。
何しろ私は発音変化を感覚で身につけちゃった人間。
発音変化が何かもいまいちよくわかっていない。

そのためにまずやったのが発音変化の一覧作り。
韓国国立国語院の標準発音法を翻訳した。(めちゃめちゃ面倒だった)

そしてこの標準発音法の同化解説部分を見ながら項目を書き出す。(これもめちゃめちゃ面倒だった)

そして下の一覧が完成した。(もちろんこれも面倒だった)

韓国語の発音変化 一覧

そして作った一覧を眺めながら、気づいたことがある。
「発音変化って、パッチムがほぼ原因じゃね??」

私は今まで、発音変化とは単に「表記通りに読まないこと」を指していると思っていた。
それも間違いではないのだが、もっと根本に「パッチムが出てきたらほぼ発音変化が起こる=発音変化が起こる原因はパッチムだ」ということがわかった。

日本語は子音+母音がセットの言語だ。(開音節)
言い換えればパッチム(=子音で終わる音)がない。
子音で終わる音がないから、子音と子音が続くことがない。

一方、韓国語にはパッチムがある。
キムチ(KI MU CHI)- 김치(KIM CHI)
ビビンバ(BI BI N BA)- 비빔밥(BI BIM BAP
…のように多くの単語でパッチム最低1つは入る。
パッチムが1つも出てこない単語の方が少ないはずだ。

そして発音変化の教材として一覧表を作ってみてわかったのだが、韓国語の発音変化はほぼ「パッチム+母音、子音」の部分で起こる。
つまり「韓国語の発音変化=パッチムと隣の音の化学反応」というわけだ。

つまり日本人が韓国語を話すということは、発音という観点で見ると「発音変化しない言語の人間が、発音変化しまくる言語を話す」ということなのだ。

韓国語の発音変化は、パッチムと隣の音との反応である。
「パッチム+母音」ならば連音化が起き、「パッチム+子音」なら他の発音変化(鼻音化、流音化など)が起こる。
日本人が苦しむ発音変化は、このうち「パッチム+子音」の方である。
なぜなら上で述べた通り、日本語には子音と子音のぶつかりがないからだ。

つまり、日本人学習者が求める発音変化の教材というのは、「子音(パッチム)と子音(初声)のぶつかり方をわかりやすく解説した本」ということになる。

「発音変化」という言い方が問題

私はこの韓国語の表記と実際の発音が違うものについて「発音変化」と呼んできた。
他の教材でも大抵は「音韻変化」「発音変化」と言われている。

この「発音変化」「音韻変化」という言い方が学習者の理解の障壁になっているのかもしれない。

上で検討してきたように「韓国語の発音変化」は「パッチムと次の音がぶつかるときに起こる反応」で、このうち日本人が教わりたいのが「子音と子音のぶつかり方」である。

この「子音と子音のぶつかり方」について別個に名前をつけて呼ぶべきではないのだろうか

実は韓国の公式な発音ルールまとめでは、「発音変化」という呼び方はされていない。
「동화(同化)」という表記になっている。

同化ってなに?

同化(Assimilation)とは、隣り合う2つの音が互いに影響し合い、どちらか一方あるいは双方が似た音や同じ音に変化する現象のことを指す。
前の音が変わる場合も後ろの音が変わる場合も、どちらも別の音に変わってしまうこともある。

…ちょっと待てよ。
私は今まで、「同化=隣り合う音が互いに影響して音が変化する」とだけ理解してきた。
でも改めて見てみると、大事なところを見逃していた気がする。

「…どちらか一方あるいは双方が似た音や同じ音に変化する現象」

!!!!!!
なるほど。だから「同」化なのか。
つまり、日本人が苦労する「子音と子音のぶつかり」も、ぶつかった結果同じ音や似た性質を持つ音に変わっているということではないのだろうか。

日本人が苦手な発音変化を並べてみよう。
鼻音化:「ㄱㄷㅂ」は後にㄴㅁが来るとき「ㅇㄴㅁ」と発音する(→鼻音が来たので自分も鼻音になる)
流音化:鼻音ㄴと流音ㄹが連続するとき鼻音ㄴはㄹで発音する(→流音が来たので自分も同じ流音になる)
ㄹ→ㄴ:パッチム「ㅁㅇ」の後ろに繋がるㄹはㄴと発音する(→鼻音が前にあるので鼻音に変わる)
2段階鼻音化:パッチム「ㄱㅂ」の後ろに繋がる ㄹはㄴと発音する(→まずㄹが鼻音化し、前も鼻音化する)

!!!!!!
やっぱりどれも「同化(同じ音や似た音への変化)」じゃないか!!!

今まで私は「表記と実際の音が違うのが発音変化」と思っていたが、それよりも「子音と子音がぶつかるとき、似た音や同じ音に変わるのが(日本人が苦手な)発音変化」ということを理解する必要があったのだった。

なぜ同化が起こるのか。それは「発音しやすい」からだ。

なんで似た音や同じ音が続くと「発音しやすい」のかな

似た音の連続は発音しやすい?発音しづらい?

なぜ似た音や同じ音が続くと発音しやすいのか。
それは喉がサボれるからである。

似た音というのは、発音する場所(調音点)や発音の仕方(調音法)が似ている音のことである。
反対にいうと、発音する場所が離れていたり、発音の仕方が全く違う音が続く場合は発音しづらい。
発音する場所が離れるとそれだけ舌の移動が大きくなるし、息を吐ききった後に息を溜める音が来るとゼロからまた息を溜めなければいけないからだ。

人間は死ぬまで呼吸するように喋り続ける動物だ。
サボれるところはサボらないとやっていけない。

なのでこの「サボり」は多くの言語に存在していて、もちろん日本語にもある。
例えば、漢文(かmぶん)・漢語(かngご)・漢字(かnじ)…これらは全て同じ「漢」なのに「ん」を発音する方法が違う。日本人はこれを無意識のうちにやっている。

逆にいうと「かm」「かng」「かn」と物理的には違う音で話しているのに、これらを前後の音や文脈にあわせて日本人は頭の中で「漢」と変換して聞き取っている。人間ってすごい。

どうして「ん」の発音が3種類(5種類などとする人もいる)もあるかというと、表記のまま発音すると面倒くさいからである。
試しに「漢文」を「かmぶん」ではなく「か、ん(n)、ぶ、ん」と表記のまま言ってみよう。
唇ではなく舌先を上の歯の裏につけるのだ。
うん、言いづらい。めんどくせえ。
じゃあどうするか?

「ぶ」で唇を使うから、「ん」から唇つけちゃえばいいんじゃね??

…というふうに考えた結果できたのが「かmぶん」の発音である。
「かmぶん」…うん、非常にいいやすい。スムーズだ。省エネできる。
このように、日本語の「ん」は前後の音をスムーズに発音しやすい場所で発音しちゃってる音なのである。

というわけで、「めんどくさい音は発音しやすいように、似た場所で発音しちゃう」という傾向が言語にはある。

でも、「似た音が続くと発音しづらいから早口言葉がある」って聞いたことある。

そう。似た音や同じ音の連続は発音しづらい。
だから「かたたたきき(肩叩き機器)」「なまむぎなまごめなまたまご(生麦生米生卵)」のような早口言葉が作れる。

じゃあ、なんで同化は「似た音は同じ音の連続は発音しやすい」という話になるのか。

それには次のような違いがある。

早口言葉:似ているけれども微妙に違う音の間を高速で行ったり来たりさせられる。脳も喉の筋肉も過労でオーバーヒートする。

同化:距離の遠い音を、同じ種類や同じ音にまとめてしまう。アクセル1本で突っ切るような喉にとっての省エネ。

ここで日本語と韓国語の早口言葉の違いを見ると、それぞれの言語の得意分野や特徴がわかる。

日本語は「一音一音を独立させて、正確な位置に舌を置く」ことを得意とする言語だ。
1音1音を粒として拍を一定に刻むことが求められるので、似た場所に舌を置く「サ・タ・ナ行」の高速切り替えは苦手だ。
なので日本語の早口言葉は似た音の連打が多い。正確に発音しようとする日本人の意識に舌の動きが追いつかず「舌が回って」しまうことを狙っている。

一方、韓国語は「音と音の境界線をなくしてつなげるように一息で長距離走り抜ける」ことを得意とする。なので音が溶け合う中で正確なピッチを刻むのが苦手だ。
なので韓国語の早口言葉は気が抜くと全部同じ音になってしまうことを狙っている。

なので日本人が韓国の早口言葉を聞くと「それ全部同じ音じゃないの?」と感じる。それは日本人の耳が「粒」を探すからである。逆に韓国人が日本の早口言葉を聞くと「なんで毎度1音ずつ止まって打ち直すの?めっちゃ疲れることするね」と感じるだろう。ここに日韓の音の特徴の違いが出る。

何が言いたいかというと、発音変化を日本人に教えるときにこの「日本語・韓国語が心地よいと思う音の作り方」も伝えるべきだということだ。

僕らは普段「粒を正確なリズムで刻む」のが好きな言語を話していて、韓国語は「音と音を最大限滑らかにつなげる」のが好きな言語だということだね。

ここを理解できていないまま発音変化をルールのように学ぶから訳がわからなくなり、必要以上に難しく感じてしまうのである。

なんで韓国語は「なめらかに話したい」のかな?

「なめらか」とは何か

韓国語が追求する「なめらかさ」とは一体なんなのか。

それは子音と子音の衝突回避であり、その根本は省エネである。
なんだ結局、言語は「経済性」じゃん。
人間はサボりたいのだ。できるだけ。

じゃあ、なんで「滑らかならば省エネ」なのか。

車で例えるとわかりやすい。
滑らかに話さないと、筋肉の急停止と急発進が続いてたくさんのエネルギーを消費するからである。この急停止と急発進を可能な限りカットしたのが韓国語の滑らかさであり、省エネであり、発音変化である。

一方、日本語は1音ごとに「喉を閉める(停止)→開ける(発進)」を繰り返す。
じゃあ、日本語はめちゃめちゃ燃費が悪いのか?
いや、違う。省エネの仕方が違うのだ。

日本語の省エネ法は、「喉の奥を使わない」ことだ。
喉奥(軟口蓋)を開けたり閉めたりせず、ずっと1音ずつ同じ粒で同じ拍で刻むので、口先をパタパタ細かく動かして音を区切る動きをしている。

これに対し、韓国語の省エネとは「口先の動きをサボって音をつなげる」ことである。

でも、発音変化するとはいえ、濃音とかパッチムとかって口先の動きじゃない?

こう思っていたが、パッチムや濃音は口先の細かい動きではなかった。
「喉をロックして圧力を高める」動きなのだ。

日本語の口先の動き(た・た・た):当てて、すぐ離す(2動作)
パッチム:当てたまま、空気を止めて待つ(1動作)
濃音:喉の奥(声帯)をギュッと閉めて、空気が漏れないようにロックする(1動作)

韓国語のパッチムは「その体制で待て」という指令だ。
ㄱとㅇなら舌が喉をふさいで「待て」、ㅂとㅁなら唇を合わせたまま「待て」、ㄹなら舌先を上顎につけて息を脇から漏らしながら「待て」、ㄷとㄴなら舌先を上顎につけて息を封じながら「待て」

パッチムが苦手な日本人は、この「待て」を知らない。
だからㄹと言うときに루や르になりがちなのだ。

そしてこの「待て」の存在が、韓国語に発音変化が起こる理由になっている。

吐けないことでも「窒息」する

ところで、「窒息・息苦しい」って何を指すと思いますか。

私はずっと「息が吸えない」ことだと思っていた。
でも考えてみたら、「吸った息を吐けない」ことでもあると気づいた。

パッチムの「待て」は息を止める・ふさぐ行為である。
つまり「待て」のとき「口から息を吐けない」状態になっている。
その時、人は息が苦しい。息を吐けないから。
でも人間は話すときは楽をしたいし、「楽でいたい」。
話しているときに息苦しいなんてあってはならない。
じゃあ、どうするか?サボるのである。

だから、韓国語には発音変化があり、パッチムがほぼ全て関係するのである。
パッチムと次の子音を表記通りに発音していたら、息が吐けない=息苦しいから。

連音化は

これを説明すれば、わかりやすいのではないだろうか。

日本の対人関係も線を引いて「親しき仲にも礼儀あり」のように、むしろ親しい相手にこそ気を遣って線を越えないように、迷惑にならないようにする傾向があると聞いたことがある。
日本語が1音ずつの粒を正確な拍で刻むことを考えると、その傾向が言語にも表れているのかもしれない。

さて、ここで発音変化についてある程度整理がついたところで、「なぜ日本人は発音変化が苦手なのか」について詳しく検討していきたい。
この「教え方」にも問題があると思ったからだ。

教え方も学ぶタイミングも問題

韓国語勉強で最初に習うのは文字「ハングル」だと思う。
例外はあまりないはず。

「ハングルは表音文字です。子音と母音のパーツを組み合わせてできています。なので覚えてしまえばそのまま発音できます」
…などと説明されると思う。
実際に私もそう説明している。

そうして学習者はハングル暗記を始める。
濃音やパッチムなど日本語にない発音とも格闘しながら、パーツごとに頑張って覚える。
そしてついに全てのパーツを覚えた学習者に、無慈悲に伝えられる衝撃の言葉。

「ハングル暗記、お疲れ様でした。実は、韓国語は表記(ハングル)通りに読まないことが非常に多い言語なんです。ということで、表記通りに読まないルール(=発音変化)を覚えましょう!」

…普通に考えて嫌がらせである。

「表記通りに読む文字だから覚えろ」と言われて頑張って暗記したのに、「実は表記通りに読まないことが多いんです」と言われる。「この山登れば終わりだから!」と言われていやいや登ったのに、いざ登頂したら「本番の山はこれからです!」と言われているようなものである。私だったら黙って下山する。発音変化で挫折したという人は結構いるんじゃないかと思うし、それは全然不思議なことではない。

挫折せず頑張って覚えたとしても、単語や文法を勉強しながらも依然として発音変化に苦手意識を抱く人も多い。SNSでもしょっちゅうそんな話題を目にするし、中級レベルの教室でも発音変化すると知らず(気付けず)表記のまま韓国語を話している人が多い。

しかし、韓国語を話してみるとわかる。
「韓国語は発音変化しまくり言語」だということを。
というか、「発音変化」こそが韓国語の発音の命である。

でも話せる人でよく「感覚で覚えた」って言ってるの見る気がする。発音変化って個別に勉強すべきなんだろうか?

発音変化は学ばない人の方が得意な理由

そもそも発音変化を個別に教える・学ぶべきなのだろうか。

話す・聞くが得意な人からよく聞くのが「感覚で覚えた」という言葉である。
実のところ私も「感覚で覚えた」派だ。
そして恩師も「感覚で覚えろ」派である。

話す・聞くをするために勉強を始めたのに、理論みたいな話を聞いて飽き飽きして韓国語自体が嫌になってしまったら元も子もない。

…発音変化の教材なんて、ないほうがいいんじゃないだろうか。(ここまでの検討を無にするぶっとび発言)

いやいや、ここで思い出さねばならない。
発音変化のテキストを作ろうと思った理由を。

韓国語の発音が上手な人の多くが「発音変化なんて感覚でどうにかなる」と言う。
でも、学習者の多くが「発音変化が難しい」と言う。
これは今まで運動神経が優れている人だけが韓国語の発音変化を自力で習得していたのだと思う。

でも言語は本来特殊技能ではない。
みんなが無意識に使いこなせるように存在する一番簡単なもの
である。
運動神経に関係がないものなのに、運動神経によって上達度が決まっていた気がする。
私はこれを、言語の存在意義に戻したい。
運動神経に関係なく、勉強している人は全員簡単に発音変化ができるようにしたい。
だからテキストを作ろうと思ったのである。

ネイティブは発音変化に気づいていない

「ネイティブは発音変化に気づいていない」
これを言うと日本人学習者は驚く人が多い。
ネイティブが発音変化をしようと思って発音していない。
自然とそうなっているのだ。

국물(スープ)と言っているつもりで、궁물と発音しているだけなのだ。
上にあげた「漢文・漢語・漢字」が無意識に「かm・かng・かn」になっているのと同じだ。

言語は、そもそも知能や運動能力、センスに左右されるものではない。
その環境にいれば誰でも等しく、最小限のエネルギーで使いこなせるはずのツールなのである。

日本でもどんなに勉強が苦手な人でも、世界の言語の中で難しいと言われる日本語を誰だって使ってネイティブとして生きている。

なのに日本人学習者の多くが韓国語の発音変化を苦手とするのは、その人たちの能力の問題ではない。
教え方の問題だ。
つまり、教え方さえ工夫すれば誰でも発音変化が理解できるようになるはずだ。そうならなければ言語ではない。

そう、問題は教え方なのだ。
「日本語の世界の見方から、韓国語の世界の見方に変える」教材。
しかも、
「簡単で、小難しくなくて、直感で理解しやすい」教材でなくてはならない。

私にそんなものが作れるのだろうか。
いや知らん。そんなことは重要じゃない。
誰が作るかじゃなく、誕生することが重要なのだから。
ないならば、つくるしかない。



韓国語
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